特集
Ⅱ
愛知ブランド企業は歩みを止めない!
企画・原稿作成:赤崎真紀子
1. クルマ& 航空宇宙の「ものづくり」
愛知県のものづくりの核となっている輸送機械機器製造。その最終品質を強靭に支えている愛知ブランド企業も多い。
1台のクルマは約3万点の部品からできているという。
それぞれの部品は原料も違えば製造法も異なる訳で、部品メーカー各社が納品先企業とも相談しながら、研究開発し、高品質な部品づくりに邁進している。そして、「より軽く」「より強く」「より安心・安全に」をめざしつつ、コストダウンにも工夫をこらしているのだ。
これら専門性の高い部品メーカーの存在がなければ、高品質なクルマはつくれない。愛知ブランド企業各社も、技術を磨きあげ、各部門が協力し合って、絶えざる品質向上に努めている。
航空宇宙機器製造
コロナ禍で深刻なダメージを受けた航空機需要だが、感染症収束に伴って急回復。宇宙空間を人類のために活用する宇宙開発も世界的規模で進んでいる。さらなるコストダウンなどの課題に取組みつつ、参入する愛知ブランド企業は今後も増えるに違いない。
2. ここにもある!愛知ブランド製品【室内編】
リビングで、キッチンで、書斎で、日頃から使っている「もの」。
よく見てみれば…、あれも、これも、愛知ブランド製品かも!
休日。お仏壇に手を合わせて、ざっと掃除機をかけ、軽くメイクしてから夫婦でゴルフへ。
帰宅して、灯りを点け、TVもつける。寒い冬にはこたつも。お腹を空かせてサッカーの練習から帰る息子は手を洗って着替えたら紙パックの牛乳を。姉娘はハンバーガーを食べたらパソコンでちょっと調べもの。
さぁ、みんなで夕食の支度。調理は息子と。盛りつけは夫が。食器を並べるのは娘。食文化の豊かな土地に住んでるのは幸せ!あ、宅急便!ハンコね。食後はお茶を飲みながら明日の相談…そんな家の中に、愛知ブランド製品が。
3. ここにもある!愛知ブランド製品【街なか編】
工場で働く機械や器具はもちろん、街中に愛知ブランド製品が。オフィスで、病院で、街角で…。社会を支える頼もしい存在だ。
ものづくりは一社単独では完結しない。原料があり、工場には製品をつくるための機械や器具や様々な部品・用品があり、機械を動かすためのエネルギーが必要不可欠でもある。
オフィスで快適に働くためにも、多くの装置や環境整備が求められるし、超高齢社会になってしまった日本でますます重要性を増す医療機関でも多くの「もの」の整備が望まれている。
私達の社会は、いつも「縁の下の力持ち」によって支えられている。街のなかで活躍している愛知ブランド製品を知れば知るほど、その思いが深くなるのだ。
4. 新時代を切り拓く「発酵王国」の老舗企業
「発酵」と「醸造」
「発酵」は微生物の働きによっておこる物質の状態の変化。人間にとって有益な変化を「発酵」と呼び、有害な現象を「腐敗」という。一方、「醸造」は発酵の作用を使ってアルコールや食品を製造する技術をいうので、「醸造」は「発酵」の中のひとつと考えられる。
「うま味」を支える愛知独特の
発酵調味料群
発酵文化の研究やイベントで大活躍の発酵デザイナー・小倉ヒラクさんは、愛知・岐阜・三重の東海地方を「うまみの首都」と表現。中でも、愛知県は発酵食の大産地。肥沃な濃尾平野で採れる米や麦や大豆、豊かな水、海の恵みの塩。加えて温暖な気候が愛知の発酵食文化を育んできた。
自然界に存在する微生物の力を活用した発酵食。日本の味噌、醤油、酢、味醂、漬物、酒などの発酵食品は、世界から注目を浴びる「和食」の根幹でもあり、全国各地に固有の製品が根づいている。だが、こと愛知に限っていえば、その独自性の高さと発酵調味料の種類の多さは群を抜いている。
2021年、愛知県の味噌の出荷量は全国シェア第3位だが、特徴的なのは八丁味噌などの「豆味噌」。全国で約8割を米味噌が占める中で豆味噌のシェアは5%しかない。うち約75%が愛知県産だ。
また、「濃口」が8割以上の醤油生産でも第3位だが、県下最大のイチビキなども製造する「たまり」は全国シェアが2割以下。その7割近くが愛知県でつくられている。
碧南発祥の「白醤油」は全国生産の4割以上を愛知県から出荷しているが、全ての醤油に占める割合はたった0.7%。さらに、味醂の蔵元は九重味醂はじめ県内に10軒近く。こんなに味醂蔵が多い県は他にない。いかに愛知の発酵食文化がユニークか、よくわかるだろう。
注目度が増す、発酵界のニューウェイブ
今、「発酵」は大ブームだ。美味しいから。健康にいいから。微生物の働きを借りた安心な食品だから。日本の食文化の根っこを愉しめるから…と、ユーザーからの熱い支持を受け、続々と新しい波が起こり、注目を集めている。
1つ目は「産業観光」。食酢の大メーカー・ミツカンのミュージアムなどもあるが、古い蔵を生かして食文化を伝える八丁味噌2蔵や、白醤油・白だしの七福醸造をはじめ、愛知ブランド企業何社もが取り組んでいる。
2つ目は国内市場での新展開だ。明治期創業で伝統製法を守る三河みりんの角谷文治郎商店は、2021年に三重県多気町にオープンした大規模リゾート施設「VISON」に出店。のれんの「美醂 VIRIN de ISE」の文字が昆布や鰹節などの店も並ぶ和のエリアに翻っている。大きな決断だった筈だが、この店では観光客も含めて消費者との対話が出来て、リピーターも増えている。
美味しい提案のあるレストラン出店や酒づくり体験。
蒸留酒で新しい扉に手をかける酒蔵も
アグレッシブな日本酒の蔵元も増えてきた。例えば海外輸出も伸ばしている「蓬莱泉」の関谷醸造。江戸情緒漂う名古屋市内の四間道(しけみち)に米蔵をリノベーションした「SAKE BARまるたに圓谷」をオープン。名古屋都心部の栄にも出店し、日本酒と料理との美味しいマリアージュを提案している。「ほうらいせん 吟醸工房」や「道の駅したら」では酒造りも体験でき、結婚披露宴の引出物にと2人仲良く酒を醸すカップルなども多いそうだ。
蒸留酒づくりにも力を入れるのは「清洲城 信長 鬼ころし」を定番商品とする清洲桜醸造。清酒酵母で醸すモルトと厳選大麦を使ったグレーンをバランスよくブレンドした「愛知クラフトウイスキー キヨス」や、日本のボタニカルを生かした「愛知クラフトジン キヨス」がそれだ。ジンでは、ジュニパーベリー以外の原料で愛知県産にこだわり、蒲郡みかん、西尾の抹茶、稲沢の金時生姜などに各種スパイスを加え、複雑かつ爽やかな風味が生まれている。
今は世界的な蒸留酒ブームの再来期。日本酒本来の価値訴求と合せて、地元産原料にフォーカスしたジャパニーズ蒸留酒も、ぜひ世界にアピールしたい。
欧米人も、愛知の発酵食文化が大好き!
2015年、「食」をテーマにした万博開催中のミラノで、翌年はボルドーで、東海発酵文化研究会が「発酵食文化の国際交流シンポジウム&手巻き寿司ワークショップ」を開催。イタリア人、フランス人から、愛知の発酵食が絶賛を浴びた。2019年にはパリの「Salon du SAKE」でも、この地域の日本酒、梅酒、味醂などが好評を博している。
2024年度は、中部産業遺産研究会が「醸造」シンポジウムを開催予定。小倉ヒラクさんは、2025年に発酵文化を学び各地の醸造蔵を訪ねる東海地域イベントを企画中。その2023年プレツアーでは、欧州はじめ各国からの料理人や食のジャーナリストが八丁味噌や三河みりんや常滑の酒蔵を訪ねて大感激し、インバウンド誘致にも明るいニュースとなった。
今後も「発酵」に関するコンテンツはますます盛んになりそうで、ワクワクが止まらない。
5. 新たな顧客創造! BtoBからBtoCへ
経営危機の実家企業。起死回生の策は?
長く続いてきた企業で、その歩みが平坦だったというケースは皆無だろう。飛躍の時もあれば、厳しい試練を辛うじて乗り越えた頃、ドラスティックな変化を遂げた時期…、悲喜こもごもの時間の先に今があり、それはさらに続く。
また、全ての企業には社名がある。名は体を表すことが多いが、現業と社名が一致していない場合も時にある。愛知ドビーはその一社で、1936年創業、「ドビー機」とよばれる繊維機械や船やクレーンの部品をつくる町工場だった。鉄を溶かして形をつくる「鋳造」と、それを削る「精密加工」の職人技で群を抜いていたが、繊維産業の衰退に伴って社業も下降してゆく。
1974年生まれの土方邦裕・現社長は、2001年に為替ディーラーの職を辞めて入社、7年後社長に就任。しかし、当時は2億円の債務超過で会社は倒産寸前。慄然とする状況下で弟の土方智晴・現副社長にも声をかけ、兄弟で事業再生をめざすことに。子どもの頃に一緒に遊んでくれた職人達にもかつての笑顔を取り戻して欲しい。そして、たどり着いたのが「自分達がつくったものを直接お客様にお届けしたい」という強い思いだったのだ。
町工場から世界最高の製品を!
鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」の誕生
愛知ブランドの企業評価で、最も重視されているのは「コア・コンピタンス」、その企業の独自の強みは何か?
兄弟は自社の強みを必死に追究する。そしてある日、海外製の鋳物ホーロー鍋の人気に気づく。鍋を買って実際に調理してみると…。鋳物の優れた熱伝導やホーロー加工の保温性、遠赤外線効果などで、確かに素材のうま味が生きていて美味しい。けれど、その頃さらに世界的な高評価を受けていたのは、密閉性が高く、無水調理ができるステンレスとアルミを加工した製品だった。兄弟はもう一度、深く考えた。自社の強みである「鋳造」と「精密加工」の技術を生かせば、さらに密閉性が高く無水調理ができるほどの、世界最高の鋳物ホーロー鍋がつくれるのでは?その日から、理想を実現するための試行錯誤が始まった。
毎日毎日、試作品づくり。3年の月日と1万個におよぶ失敗作を出したその結果、「これだ!」といえる試作品が完成。水を一滴も入れずに作ったカレーは、ニンジン嫌いの社長がニンジンを探して食べるほど、野菜の甘みとうま味を見事に引き出していた。バーミキュラ オーブンポットの誕生だ。
進歩し続け、
ユーザーに寄り添い続ける姿勢
邦裕・現社長が入社した年、愛知ドビーの年商は2億円強。バーミキュラを販売開始した翌2011年は7億円を超え、2022年は36億円近くになっている。この間に、究極の炊飯器をめざしたライスポット、余分な水分を瞬時に蒸発させてくれるフライパンが仲間入り。そして2023年秋には、累計約65万台を出荷した前作から約30%の軽量化を果たしたオーブンポット2を発表と、たゆまぬ開発精神で新たなものづくりは進歩し続けている。
この新製品の発売と同時に、顧客が長年使用した製品を預かり、鉄に溶かし直してつくり替える「リクラフト」サービスもはじめた。一生どころか三代にもわたって使い続けることができる調理器具。愛着が増すというものだ。
手料理と、生きよう。
水辺から発信するバーミキュラ ビレッジ
ユーザーに寄り添う姿勢は、新たにつくりあげた施設にも現れる。2019年には創業の名古屋市中川区にバーミキュラ ビレッジを、2021年には東京にバーミキュラ ハウスをオープンしている。
バーミキュラ ビレッジのDINE AREAにはレストランとベーカリー、STUDIO AREAは購入前に使い方を試せる体験型ショップだ。料理教室が開かれるキッチンスタジオ、実際に使える製造マシンが並ぶラボラトリーなどと併せて、メイドインジャパンのものづくりが体感できる。
ゆったりと流れる中川運河のほとりから「手料理と、生きよう。」という温かなメッセージが発信されている。
こんなB to C製品も!
愛知ドビーのバーミキュラの他にも、飲食に関わる新製品開発は増える傾向にある。
「このお急須、ホントに使い勝手がいいんですよ。冷めにくいし、注ぎ口が広いので、くるっと指を入れて洗えちゃうし」と好評な、鈴木化学工業所の「十年急須」。精密樹脂加工の技術が、家庭製品に生きている。
自動車部品の金属加工などを主力とする横山興業は、自社の研磨技術をなんと!シェーカーに転用。曲面を精密に磨き上げる職人技が、カクテルツールの内側の滑らかさを支え、プロのバーテンダーをうならせている。
培ってきた技術のBtoC展開。これからが一層楽しみだ。
6. 加速する「コネクテッド」時代のものづくり
1-2.金型製作:エムエス製作所 3.設計・監修:メヴァエル 4.メッキ加工:名古屋メッキ工業 5.シボ加工:ワールドエッチング 6.パッケージ:ヒラダン 7.鏡面加工:名古屋精密金型 8.鍛治技術:浅野鍛冶屋 9.七宝焼き:田村七宝工芸 10.美濃和紙:丸重製紙企業組合
「つながる」ことによって
拡がる新しい世界
自動車業界は今、「100年に一度の大変革」の真っ最中。IT技術の進化を背景に、今後はCASEやMaaS抜きに世界市場では戦えなくなった。私達は「第4次産業革命」と呼ばれる劇的な変化に立ち会っているのだ。そして、CASEの頭の「C」はConnected。
コネクテッド。結合・連結・つながっていること。今これほど大事なキーワードがあるだろうか?これは、IT技術とクルマがつながることだけではなく、あらゆるものづくり分野で求められる概念でもある。なぜなら、一社単独ではなし得ないイノベーションも、コネクテッドによってなら、実現ができるから。
10社がつながって、
つくりあげたゴルフクラブ
ゴルフのアイアン一本36万円。5番からPMまでの6本セットは216万円。なんと高価な!と目をみはる人も居るだろう。このアイアンの価格の秘密は何か?それは、ブランド名の「MUQU」に秘められている。
MUQUは「無垢」。純粋な鉄から削り出してアイアンヘッドが造られる。鉄を溶かして金型に流しこむ鋳造や、加熱した鉄をハンマーで叩いて成形する鍛造とは全く違う、これまでになかった製法だ。そして、このアイアンは10の企業が結集した法人「KASANE CHUBU」が製品化を遂げたのだ。
中心となるエムエス製作所は、自動車のゴム製品の金型を手がけ、「現代の名工」を輩出する「金型の匠」企業。迫田邦裕社長はこう振り返る。「新しいものづくりが絶対に必要な時代。それを考えた時、自社にない技術で助けてもらえそうな会社に一社ずつお声がけしたのが始まりでした」。最初に声をかけたのは、同じ愛知ブランド企業同士の名古屋メッキ工業だったとか。
アイアンは売れ、収益源となるまでに育った。海外富裕層の購買も増え、販路拡大の目標も定まると同時に、既に新製品開発にも手がかかっている。
「木質」活用へのチャレンジ、
「CN」スピードアップは
コンソーシアムで
企業活動で不可欠な「環境」への視点。CN(カーボンニュートラル)社会実現に向け、森林由来資源を有効活用する分野にも熱い視線が注がれている。
「木質流動成形(※1)」に注力してきたチヨダ工業は、NEDO(※2)の事業で、今も研究機関と住友林業やニトリなどの企業と共に、廃木材の高度選別や再生材の大型化・量産化をめざす先導的な研究を続けている。
また、「2024年愛知環境賞」で銀賞を受賞したフルハシEPOは木質バイオマス活用で先頭を切って走り続け、外部企業との協業で木質バイオマス発電事業にも参画。愛知県のサーキュラーエコノミー推進プランでも9企業・団体と共に「未利用木材循環利用」のプロジェクトに取り組んでいる。
(※2)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
手づくりコスメも体験できる!鉱山資源は観光誘致にも
美肌に仕上げてくれるファンデーション。その原料は
なんと!鉱山から採掘される「セリサイト(絹雲母)」。愛知県から産出される資源が世界中の化粧品に使われている。
三信鉱工では、町おこしに取組む女性と共に、この貴重な原料を使用する化粧品会社を設立。自社ブランド「moto」を開発し、手づくりコスメ体験を企画する「naori」発の“ビューティーツーリズム®”が話題を呼んでいる。国内唯一の鉱床から採掘される真っ白なセリサイト。これが美肌をつくるファンデーションになるのだ。
異業種と、大学と。
コラボレーションが生む新製品
ITで出遅れた日本は先進諸国の中で生産性の低さが際立つが、課題解決が一社単独では難しい面もある。しかし、高精度プレスの久野金属工業は、外部企業と共同開発したIoTシステムをクラウドサービスとして販売し、ヒット。自社のために作業効率を見える化し成果を上げたが、これをコロナ下の「バーチャル工場見学」で披露すると、延べ500人以上が参加、50社を超える申込があり、IoT導入希望企業にとっての福音となっている。
また、金印は本わさびの健康・美容機能の研究を続けているが、最近では東北大学の宇留野晃准教授との共同研究で、本わさびに含まれる「ヘキサラファン」が認知症モデルマウスの記憶力を改善することが突き止められ、国内外のサプリメントメーカーなどからの問合せが増加している。
この他、文具・印章メーカーのシヤチハタでは、ビジネス向けのみならず、手のひらにスタンプした印影を石けんで洗い落とす「おててぽん」なども販売。
名古屋芸術大学の学生とのコラボレーションから生まれた商品だが、子ども達が楽しみながら手洗いを練習できると、家庭や保育園でも好評だ。
今後も「コネクテッド」によって生まれる新しい製品に大いに期待したい。