特集

企画・原稿作成:赤崎真紀子

1. ものづくり王国・愛知をデータでみる!

製造品出荷額等で断然トップの座に就いている愛知県。その抜群の存在感を、データで示しながらみてみよう。

製造品出荷額、なんと!45年間日本一

 「2022年経済構造実態調査」によれば、愛知県の製造品出荷額等は全国シェア15%弱の47兆8946億円。前年比8.9%増で、1977年以来45年間首位を保っている(2021年結果)。2位大阪府の18兆6058億円の2倍を軽く超え、付加価値総額も13兆1690億円とダントツの全国1位。いかに愛知県がものづくり力を発揮しているかがわかる。
 翌年の製造業の事業所数は1万8476社で大阪府と僅差の第2位。従業者数は84万7082人でトップとなっている。

やっぱり「クルマ」の存在感は大きい!

 業種別の出荷額では2位の電気機械約4兆円を圧倒的に引き離し、輸送用機械器具が約53%、25兆2306億円と最大だ。航空宇宙も鉄道も船舶も含まれているのだが、自動車はうち95.8%とやはり存在感は抜群。トヨタ自動車を頂点に、トヨタグループの大企業群とそれを支える中小・中堅の部品メーカーのぶ厚い集積があるからだ。
 しかし、今はITパワーが炸裂する「第4次産業革命」の時代。自動車業界も、「CASE」(※1)や、「MaaS」(※2)など、新しいコンセプト抜きには語れなくなっている。 
 2023年、トヨタの世界販売は1030万7395台と過去最高、4年連続で世界首位。ハイブリッド車(HV)も初めて300万台を超えて好調だ。しかし、今や世界の潮流となった電気自動車(EV)は35%増とはいえ10万4018台。同年、中国の自動車輸出は約414万台と、398万台の日本を抜き、世界1位に。いち早くEV化の先陣を切ったことが功を奏したのだ。今や中国は市場を席巻。テスラを抜き世界最大のEVメーカーとなったBYD(比亜迪)は昨年ついに日本にも進出した。足元は繁忙でも、業界はITシフトを迫られる大変革期の真っただ中にいる。

※1 Connected(接続)、Autonomous(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)。4つの単語の頭文字から。
※2 Mobility as a Service。直訳は「サービスとしての移動」。渋滞を避けたり、多様な交通手段をシームレスに利用できる情報提供の仕組み。

でも、クルマだけじゃない。
産業分野の幅広さ!

 強大な自動車産業の一方で、愛知には多彩なものづくりの世界もある。鉄鋼も各種機械も、繊維も樹脂も。陶磁器や仏壇など伝統産業からロボットや航空宇宙、ファインセラミックスなど最先端技術まで。最近は海外客にも好評な「名古屋めし」も、味の決め手となる食品業界には実力派が揃っている。風土と人と技が長い歴史の中で育てたものづくりDNAが様々な分野に花開いているといえるだろう。
 さらに。大手上場企業の業績にも目をみはる(下の表)が、それを底支えしている企業群それぞれの技術の磨き上げも特筆すべきだろう。各企業紹介ページでは、ぜひその「独自の強み」を感じていただきたい。 

2. なぜ、愛知は「ものづくり王国」になれたのか?

半世紀近く続く、ダントツの製造出荷。歴史を遡ってその理由を探ってみると…

「土」や「木」が豊富にあったから、ものづくりが発展した

 当たり前だが、「もの」をつくるには「材料」が要る。愛知のものづくりの圧倒的な優位性は、豊富な原料が採れたことにもよっている。
 例えば、「土」。約600万年前、知多半島から三河、西は鈴鹿山脈に至る巨大な「東海湖」があった。河川は土砂を運び続けて湖が消滅。湖畔には良質な陶土が堆積し、湖の南は鉄分の多い赤土が常滑焼の原料に。北の鉄分が少ない粘土は瀬戸の陶磁器原料となった。日本「六古窯」のうち、この2大産地があるのは「土」のお陰なのだ。
 伝統的な窯業は「ノリタケ」など洋食器隆盛の時代を経て、今や一大セラミックス産業へと成長し、日本ガイシ、日本特殊陶業などの企業を輩出。「便器がお尻を洗うの?」と外国人がびっくりする衛生陶器も、建材も、さらには電子や環境など多彩な分野に対応している。

▲織部手付皿
(江戸後期 ©瀬戸蔵ミュージアム)

徳川家康の采配は、
時を経て「航空宇宙機器」製造へ

 「木」の技術史も壮大だ。徳川家康は初代尾張藩主に据えた九男・義直の婚儀の際、化粧料として約20万ヘクタールに及ぶ広大な木曽の山林を与えた。木材は木曽川伝いに運ばれ、名古屋城築城で開削された堀川の貯木場は日本最大級の木材集散地となって木工技術が華開く。やがて尾張藩でつくられた日本初の和時計は「からくり」の技術に。木製の歯車と鯨のヒゲのゼンマイで動く「茶運び人形」や、祭礼の山車で華麗に舞うからくり人形が人々の賞賛を浴びた。
 明治期、木箱が安価につくれたことからアジア市場を席巻したのは時計。バイオリンなどの楽器産業も勃興した。鉄道車両では明治29年に日本車輌製造が誕生。2年後に設立された愛知時計製造が航空機製造を開始したのは大正9年だ。
 車両も木の箱、航空機本体もプロペラも木製の時代。愛知が航空機製造拠点になるのは必然だったに違いない。木工の技は金属加工技術に転用され、精密機器から、やがて航空宇宙機器製造へ。家康の深謀によってもたらされた「木」のものづくりは、雄渾な大河のような歴史を描いている。

▲茶運び人形
(©R.Oikawa)

海と川と大地の恵み、
本州の真ん中という立地

 延暦年間(約1200年前)、今の西尾市の沖合で漂流していた天竺(インド)船が初めて日本に綿の種をもたらしたと伝わる。江戸から明治にかけてこの地域は有数の綿作地帯で、それが紡織機の開発にも繋がった。トヨタ自動車も明治期の創設当時は織機メーカー。時代とともに飛躍を遂げているのだ。
 また、近代日本の基幹産業となった「鉄」。木曽川の水力発電で「電力王」と呼ばれた福澤桃介は、大正年間に電気炉による特殊鋼生産を始め、これが後の大同特殊鋼に。一方、国産車開発をめざす豊田喜一郎は昭和9年、豊田自動織機製作所に製鋼部を設け、鋼材の自社製造に踏み切った。
 さらに。製品は市場に届けなくてはならない。本州のほぼ真ん中で海に面した立地は、水運の時代も、鉄道に、トラック運送にと移った時代も、常に物流では優位を保ってきた。
 恵まれた自然に加えて、創意工夫を重んじる気風や傑出した人材を生んだからこそ、愛知はものづくり王国となったのだ。

▲尾張絵図
(江戸後期 ©愛知県図書館)

まだまだある!「ものづくりを知る施設」をチェック!

産業観光INあいち

3. こんなにある!愛知県の「トップシェア」品目

工業製品で断然トップの愛知県だが、実は農林水産業も盛ん。
当然、食品加工も勢いがあり、美味しい経験ができるエリアなのだ。

60年間連続日本一の花づくり

季節の移ろいを感じさせ、大切な人へのギフトにも。暮らしのなかに癒しと潤いを添えてくれる花々…。
愛知県の花の産出額は542億円(2021年)と、1962年からずっと日本一!
県は2015年からシンボルマークをつくってPR活動を推進中だ。

輸出額も日本一!!

製造品出荷額で1位というだけあって、2022年の輸出額でも18.0兆円、シェア18.3%とトップを走る愛知県。日本全体の貿易収支は約20兆円の赤字だが8.3兆円の黒字を計上している。
年間120万台の自動車輸出を担う名古屋港をはじめ、物流が産業を支えているのだ。

▲金城ふ頭
(©名古屋港管理組合)

「指定野菜」になるブロッコリーは出荷量2位!!

消費量が多くて重要なため、国が主導して出荷の安定を図る「指定野菜」。農林水産省は2026年度からキャベツや大根、トマトなど14品目にブロッコリーを追加すると発表した。ビタミンCはレモンの2倍以上など含まれる栄養素が多く、あの大谷翔平選手が欠かさない緑黄色野菜としても有名だ。 ブロッコリーの出荷量は、愛知県が1万4100㌧で、2万6200㌧の北海道に次いで第2位。土づくりにこだわり、ボリューム感のある栽培に努めている。

※資料:愛知県「農業の動き2023」「水産業の動き2023」、 農林水産省「生産農業所得統計」(2021)、「作物統計」(2022)

4. 「世界のなかの愛知」を検証してみると

国内GDPでは東京、大阪に次いで第3位の愛知県。
では、グローバル経済のなかでの愛知県の存在感は?世界とのつながりは?
複数の視点で検証してみたい。

日本のGDPは世界4位に。愛知県一県でみると?

 2023年、ドル換算で日本のGDPはドイツに抜かれて世界第4位に転落した。
 1945年の敗戦後、奇跡の復興を遂げ、1968年には当時の西ドイツを抜いて世界第2位の経済大国に躍進したが、2010年に中国に抜かれている。今は円安の影響が大きいとはいえ、1990年初頭のバブル経済崩壊以来の「失われた30年」を象徴する結果かもしれない。
 残念な実情だが、愛知県のGDPを世界各国と比較してみるとどうか。次ページに表を入れたが、39位の香港を僅かに上回り、シンガポールをやや下回る。一国の経済規模と比肩できる程の実力ともいえる。
 しかし、この表は15年前と5年前にも作成。愛知県は20位→32位だった。表は2021年データなので直近はさらに下がっている可能性もある。日本の国力が落ちている今、この地域の成長こそが大きな鍵といえるだろう。 

世界に進出する愛知のものづくり企業

 あいち産業振興機構の調査(※1)では、2022年に海外に進出している製造業は654社、2903拠点。拠点で最も多いのは輸送機器23%で、地域分布では中国が22.8%、ASEANが22.7%とほぼ並び、次いで北米18.3%、欧州15.2%。業種別の第2位は金属製品8.2%、生産用機器7.7%などとなっている。
 海外拠点の今後に関する調査では、現状維持回答が大企業で59.8%、中小企業が73.2%と最多。増加意向の企業は大企業10.2%、中小企業11.3%で、その対象は多い順にベトナム、タイ、アメリカ、中国、インドなどという結果が出ている。

モビリティの世界に新しいイノベーションを

 自動車製造の世界拠点である愛知県。2023年には、自動車用流体システム技術の世界的なリーディングサプライヤーであるTI Fluid Systemsが名古屋市内にイノベーションセンターを新設。EV向けサーマルマネージメントシステム(※2)の開発をスタートさせた。同年、サムスンの子会社・HARMANはトヨタ自動車本社で技術展示会を開催、AR活用の没入型オーディオヴィジュアルなどをPR。「CASE」「MaaS」の時代、協業を望む海外企業から愛知が熱い視線を浴びている。

国際的な交流機会が次々と生まれる環境整備

 今後、愛知県では2024年度にスタートアップ支援施設「STATION Ai」、翌年は愛知県新体育館(愛知国際アリーナ)がオープン。2026年は「第20回アジア競技会」開催と、大規模事業が続く。
 2019年には中部国際空港(セントレア)隣に国際展示場「Aichi Sky Expo」が開業しており、国内最大級の6万㎡で国際空港直結、常設保税展示場と海外訪問客には極めて便利。新たな交流による新産業創出や既存産業の強化にも、大きな期待が寄せられている。

(※1)出典:公益財団法人あいち産業振興機構「2022年における愛知県内企業の海外事業活動」
(※2)エンジンが無くなり熱源が失われるEVでは、電動部品の温度や車室空調のための管理が求められる。
中部国際空港株式会社提供

5. 挑戦し続ける! 愛知のものづくり

H3ロケット試験機2号機 打上げ ©JAXA

空へ! 技術とあくなき
ロマンを乗せて羽ばたく

 コロナ禍による航空需要の消滅や、国産ジェット旅客機「スペースジェット(SJ:旧MRJ)」事業の撤退によって、日本の航空宇宙産業関連の企業は大きな痛手を負った。
 東明工業もその一社。2019年からの4年で売上が6割強まで減少、1千人以上いた従業員はほぼ半減。その打撃の大きさは計り知れない。しかし、ものづくり魂はやすやすと膝を屈しない。一方で防災製品や小型ボートの波揺れ低減装置などを開発。収益源として参入したラーメン事業では小型ボートの販売拠点を生かして米国展開を図るなど果敢に異分野へ進出。もう一方で航空宇宙分野における回復をめざし、着々と社内再整備を進めている。 
 折しも2024年1月には、JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」が世界初のピンポイント月面着陸に成功。SLIMを搭載したH2Aロケットの製造に関わった東明工業にとっても明るいニュースとなった。

小型月着陸実証機SLIM搭載マルチバンド分光カメラ(MBC)による観測候補岩石名(日本語) ©JAXA/立命館大学/会津大学
書籍『愛知ブランド企業の底ヂカラVol.3』のクレジット誤掲載についてお詫びと訂正

書籍P18において、上記(右下)画像のクレジットを「©JAXA」と誤掲載しておりました。
正しくは、現クレジットのように「 ©JAXA/立命館大学/会津大学」でした。深くお詫びして訂正いたします。

ベンチャー企業も「空」をめざして参入

 SJの失敗の償いは遺産が次のフェーズに生きることにあるだろう。その意味でも新進企業の挑戦に期待がかかる。
 電動モーターで垂直離着陸する航空機「空飛ぶクルマ」を開発するスカイドライブ(2018年設立・豊田市)、産業用ドローンのプロドローン(2015年設立・名古屋市)の2社は、SJの開発拠点だった愛知県営名古屋空港ビルに入居。ドローン開発で東京から名古屋に本社移転したVFRが協業するエアロはSJの組立担当予定企業だった。
 空に挑む新産業集積が進む愛知。運送ドライバー不足などの「物流クライシス」解決も含め、新たなモビリティ社会の構築に向けたエネルギーがふつふつと湧いている。

©SKY DRIVE
©プロドローン

「脱炭素」に向けたクリーンエネルギーへの取組み

 地球的な課題「脱炭素」も、様々な取組みが進んでいる。
 例えばアイシンは既存のシリコン製太陽電池に比して厚さ100分の1、重さ5分の1、軽量で曲げやすい超極薄の「ペロブスカイト太陽電池」の試作ラインを稼働させた。 
 化石燃料に依存しない社会の構築に向けて、クリーンな代替エネルギーが注目され数多くのプロジェクトが進む中、愛知県も2023年12月に、「水素社会実装推進室」を新設。脱炭素燃料である水素やアンモニア関連で産官連携の施策を推進しようとしている。

期待が集まる「ペロブスカイト太陽電池」
©アイシン 

スタートアップ企業が続々登場!

 累計資金調達額が30億円を超えたプロドローンは、愛知県のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」のプレメンバー。登録企業は既に357社に及んでいる。大学発も多く、たとえばTOWINGは名古屋大学のインキュベーションプログラムから立ち上がった。土壌微生物技術を活用した高効率かつ持続可能な食料生産システムの地球と宇宙での展開をめざす。
 まだ続々と登場する気配のスタートアップ企業群。クルマ産業で潤ってきただけに起業意欲が薄いといわれていた地域に今、新鮮な風が吹いている。

TOWINGの代表取締役CEO 西田宏平さん
©TOWING

日本最大級のインキュベーション拠点に高まる期待

緑豊かな名古屋市の鶴舞公園。ここで開業する「STATION Ai」は国内では最大のインキュベーション施設だ。
スタートアップの創出・育成やオープンイノベーション促進が目的で、国内外の機関や大学と連携。
事業の成長を支えるプログラムやイベントから、参加メンバーを投資対象とするファンド運営まで、様々なサービスを提供し、新ビジネスのジャンプ台として、颯爽とスタートする。